広島で激動の戦時中を生き抜きました。
60年ちょっと前、うちの一族は、広島のとあるど田舎で栄えていました。だけど、あるとき、じいちゃんとばあちゃんは都会に移り住むことを決心し、新川町に家を建てました。今の原爆ドームのすぐそばです。
その時ばあちゃんは、じいちゃんが引き止めるのを聞かず、ど田舎の山と豪邸を親戚に売り払いました。二度とど田舎に戻ることが無いように、と。
ところが戦争はあっという間に激化し、学童疎開が始まりました。
このままでは家族がばらばらになってしまう。
その頃には、すでに、ど田舎の山と豪邸は別の人の手に渡っており、そのど田舎には帰る場所はありませんでした。
だけど、、
家族一緒が、一番大切。
じいちゃんとばあちゃんは決心し、せっかくの新川町の家を後にし、あのど田舎に戻り、小さな小さなワラブキ屋根の家で新しい生活を始めました。
原爆が落ちたのは、その数ヵ月後の事です。
その2年後に、うちのおとんが生まれ、
その何十年か後に、おとんとおかんは、劇的な出会いの果てに結婚し、
おにいと私が生まれました。
ど田舎の山と豪邸を売ってしまったこと、じいちゃんはばあちゃんを一度も責めなかったそうです。
小さなワラブキ屋根の家はもうありません。
ばあちゃんはもうすぐ100歳です。
今、私たち家族は、みんな、各々に幸せに暮らしています。